お家で食べるチーズフォンデュが気になっています

先日実家の母からチーズフォンデュのセットをもらったので我が家でもチーズフォンデュを食べることができるようになりました!
自分が中学生のころまではよく家族で食べていたことを今更になって思い出しました。
ただ実際にどうやって作っていたのかがいまいち思い出せません。
具材に関しては何を食べていたのかはわかるのですが肝心のチーズの部分はキットを使っていたと完全に思い込んでいました。
母に聞いてみてもずいぶん昔のことだから覚えていないとのことで、何も手掛かりはつかめませんでした。

そして実際我が家で作り始めようとネットで調べてみると、驚いたことにチーズはピザ用チーズで問題がないとのことでした。
てっきりチーズフォンデュ専用のチーズが必要と思っていましたが、これをワインと牛乳で伸ばして鍋で温め塩コショウで味を調えるだけでとても簡単に完成しました!
しかも家に合った材料ですべて作ることができたのでそれもすごく助かりました。

味もなかなか本格的で、これが自宅で食べれるとなればすごいごちそうに思えます。
今度は友達が来た時のおもてなし料理として出してもいいかな、と思っています。
次は色々具材も冒険して自分たちならではのチーズに合う食材を発見したいと思います。美髪効果というものを初めて知りました

SMAPの突然の解散

私が小学生の時からSMAPは常にTVで活躍をしていたイメージで、大ファンだったわけでもないけど日本のだいじな出来事にはSMAPは不可欠だったといってもおかしくないほどの存在だったように思います。
社会現象とも言えるような「夜空のムコウ」など大ヒットをした曲もあります。
その歌を聴けば、その当時の事を思い出せるほどに思い入れもあります。
メンバーもそれぞれがドラマやバラエティなどで活躍をして、見ない日はないほどでした。
そんなSMAPの解散報道には驚きました。しかし1月の時点ですでにメンバーはダメになっていたのかなとも思います。
一度ダメになったあとの修復は難しかったのかなって。
解散以外の方法で頑張ってももらいたかったですけど・・・・叶わぬ願いでした。
ファンのみなさんにはとても辛くて悲しい解散だとは思うのですが、これからは個々での活躍を願っています。
どのようになるのかはわかりませんが、5人にとって一番いい方法になることを祈っています。頭を下げるときの印象が気になってたけど今は平気です

一気に燃え上がってパッと散ったよさこいの夏

高知県にはよさこい祭りがあります。今年も200チーム以上が参加し、踊り子の総数はなんと20000人にも達しています。毎年8月10、11日に本祭があり、8/9前夜際、8/12に後夜祭があります。普通のチームは本祭の二日間しか踊れません。前回受賞チームが前夜祭、今回受賞チームが後夜祭に出れるのです。つまり毎年受賞すると毎年4日間踊れるのです。
決まったフレーズさえ挿入していれば後は振り付け、衣装、音楽は自由のよさこい祭りは、年々派手さを増しています。また踊りに流す音楽も単純な繰り返しからバラード、サンバ、ジャズ、ラップ、ラテンと多種多様になっています。
この祭り、毎年前夜祭から盛り上がり、本祭2日間は商店街の公道でも踊れので高知市中が燃え上がります。踊り子も燃え、見物人も燃えます。そして受賞したチームと県外チームが参加する全国大会と後夜祭で幕を閉じます。
毎年のことですが最終日の深夜の高知市の中心街には、まさに踊りつかれて燃え尽きた踊り子達がよさこいの衣装のまま路側に座り込んでいます。この光景を見ると、高知の夏は終わった!様な気持ちで寂しさが増してきます。今年も見かけました。衣装を着た女の子達は、これから何をしたらいいのか?というような顔で座り込んでいます。
打ち上げ花火のようにパッと広がって散ってゆくような祭りです。毎年楽しみにして祭りが終わると寂しくなる。こんなよさこい祭りがやっぱり好きです。頭皮を研究しつくした会社のシャンプー

眼瞼下垂の手術を受けたその後

眼瞼下垂の手術を労災病院で受けました。
その後1か月が経過して、もうコンタクトレンズをつけていいと。
つけるのはすぐつけられるのですが、その後に外すのに手間取ります。
そこで眼科で指導されて、メガネ屋さんからカミさんがスポイトでの外し方を教わりました。
当分カミさんに外してもらっていました。
その後3か月経ってまた検診です。
現状を話しました。
その後は6か月経過の診察です。
もうこれで4回目の検診です。
相変わらず大きな病院で、再診の受付も、まだなじめませんね。
もたもたしていると、後ろのおじさんがやり方を教えてくれました。
その後に形成外科の再受付です。
ここでももたもたしていました。
なかなか慣れませんね。

そこで形成外科の待合室で待っていました。
来るまでが暑かったので、大汗をかいてしまいました。
そこで扇子で風を送っていました。
30分も待ったでしょうか。
そのころには汗は引いていました。

その後に先生に呼ばれました。
今日は違う先生です。
前の先生から症状等は引き継いでいると。
前はコンタクトが外れないとのことでしたが、その後はどうですかと。
6か月照ってからはどうにか一人で外せるようになりましたと。
いまはそんなに不便を感じていませんと。
瞼に筋力がよみがえってきたのでしょう。
それはよかったですね。

目に潤いはありますかと。
眼科で、潤いを与える目薬をいただいていますと。
ちょっと目を見せてくださいと。
大丈夫そうですね。
それでは写真をとらせてくださいと。
先生は数枚の写真を撮りました。
これでもう診察はおしまいにしましょうと。
また何かあったら予約を入れて、いらっしてくださいと。
長い間ご苦労様でしたと。
私はお礼を言って辞去しました。

その後会計です。自動精算機に行きました。
そこで操作すると4番の窓口に行けと。
そこでATM仕様の4番の機械に行きました。
ここでも反応しません。
そこでボランティアさんに聞きました。
すると旦那さん診察を終えてすぐ来たのでしょうと。
まだ機械が反応していないのでしょう。
この列の最後に並んで順番どおりに操作してくださいと。
そのころには機械が反応するでしょう。
そこで私の順番が来て操作しましたら、今度はうまくいきました。
ちなみに4番窓口は人手対応の窓口のことだと。
ボランティアさんにお礼を言いました。

その後に小腹が空いたので、ドトールで軽食とアイスコーヒーを頼みました。
そこで座って、昼食です。
一安心しました。
手術は12月だったので約8か月かかったことになります。
今から思うと長いようで短かかったと思いました。
もう当分ここには通ってこなくて済みます。
よかったと思いました。